残酷な天使の
ここであってここではないこの場所に、
僕だけど僕ではない僕が居る。
今何時だろう?
寝起きのぼんやりした頭で目を開くと目の前にカヲルの白い顔。
その白い顔にいつもなら二つぱっちり並んでいる紅い目は今は伏せられていて。
そして普段からは想像できない、荒く湿った息遣い。
ふと何かしら違和感を感じて視線を徐々に下げていくと、己と彼が、つながっている。
「かっ…!」
起き上がろうとして、額と額をぶつけた。
「っ…ど、したの急に…シンジ、くん…」
片目から涙をにじませて、カヲルが尋ねてきた。
「どうしたも、こうしたも…」
言葉を失うシンジ。
自分は確かに昨日カヲルの家に泊まった。
だがしかし、カヲルとは断じてこのような淫らな関係を持った覚えは無い。
それなのに、それなのに。
今、シンジの下半身はがっつりカヲルに頂かれていて、その重みと圧迫感で自身の意思では身動き取れない。
「…なんでもないなら、続けるよ?」
そうして、カヲルは再び、深く腰を突く。
「ちょっ…やだっ…まっ…っ!…んぁっ…」
今の今まで知らなかった、知ろうとも思わなかった感覚が、本当に突然にシンジを襲った。
「んぅ…カヲル、く…!やだっ…!いやぁ!」
「今日は、とても…反抗的だね」
自身に与えられる熱を少しでも忌避しようと必死で抵抗しているのに、
その両手はカヲルの片手であっさりシーツにつなぎとめられてしまった。
「そ、じゃなっ…ひぁっ…!」
耳たぶを舐め上げられているのにどうしてだかカヲルとつながっている所が更に熱を帯びていく。
「そう言うのも良いけど」
「…っ…いっ!!」
あまりの傷みに、乳首を齧り取られるかとすら思った。
「お仕置きだよ」
うっすら目を開けば、すぐ目の前のカヲルが細めた両の瞼から紅い目を覗かせている。
ぞくり。
背筋を何かが這った。
「なんで、こんな目にあっているんだろうね、僕は」
カヲルの背中や胸には幾重もの赤い筋。
「…何とも言えないよ…」
その赤い筋、正確に言うとシンジがつけた引っかき傷をマキロンで丁寧に消毒していくシンジ。
「ねえ、なんで?」
普段に比べてまるで子供っぽい、はじめて見るような態度のカヲルにシンジは少なからず戸惑う。
「むしろ僕が聞きたいよ…」
「そうなんだ…っ…痛っ…」
「あ、ご、ごめん!大丈夫?カヲル君」
ちょっと強く押し付けすぎたかとすぐさま謝ると、カヲルがきょとんとした顔になる。
「…シンジくん?」
「…何?」
シンジもきょとんとした顔をそのまま返す。
「ううん。なんでもない。僕の方こそ酷くしてごめん…」
言ったきり、カヲルは黙った。
シンジは黙ってカヲルの部屋の漫画を読んでいた。
カヲルが、同じカヲルなのに、何か違う。
「ねえシンジ君」
さっきからずっと頭の中を占拠している人物のその当人が後ろから、きゅっと抱き付いてきた。
「拗ねてるの?」
「拗ねてないよ」
考えに雑音が入るのを嫌がるようにカヲルを振り払う。
カヲルは少し傷ついた表情を見せるとまた口を開いた。
「何か、いつものシンジくんと違う気がする」
「…え?」
そう。
シンジもそう思っていた。
「カヲル、君…」
「それ」
ぴ、と下唇を白く細い指で押さえられる。
「シンジくんはいつも僕のことを呼び捨てにする。苗字で呼ぶ」
「そ、なんだ…」
一度も、呼び捨てにしたことは無い。
最初は渚君と呼んだこともあったけど。
「最初は嫌がるけど、最中に突然嫌がったりしない」
「え…さい…」
最中。
とりあえずもなかのことではないだろう。
「君は、誰?」
「僕って、誰なんだろう…」
自分は生まれた時から碇シンジだと思ってたけど、どうやら今ここに居る碇シンジは自分ではないらしい。
「でも…君はやっぱり碇シンジくんだね」
無邪気に笑うカヲル。
同じカヲルなのに、何か違う。
だけどカヲル。
「だって、僕の名前を呼ぶ君の表情はとても嬉しそうで、楽しそうで、幸せそうだから」
そんなに、声にや仕草にでていただろうか?
…
呆気に取られていると顔が近づいてきた。
「まっ…ちょっと待って!」
「何?」
「僕、カヲル君と…」
いつもこんなことしてる?
とは皆まで聞けず。
頭の中から顔から、身体中全部が真っ赤に染まってしまった。
「シンジくん?顔真っ赤だよ!大丈夫!?」
カヲルが真正面からシンジの肩を抱く。
「大丈夫…何か、軽くショックを受けて…」
このもどかしい気持ちをどうしたらいいのかわからなくて、悔しくて。
「全然大丈夫じゃなさそうだね」
ははは、とカヲルが笑う。
「…るくん…」
うつむいて、今目の前に居るカヲルとは違う、もっと自分が良く知るカヲルを想う。
「寝て、目が覚めたら戻れると良いね」
「戻る…?」
ゆっくり顔をあげると、やはりカヲルはシンジが良く知る顔で微笑んだ。
「君が居るべき世界に」
頭をなでられている。
「…うん」
なでられながら、眠気に襲われる。
ぱっと目が開いた。
「…おはよう」
部屋の中は暗いけど、目の前に穏やかな表情のカヲルが居るのが良くわかる。
はっとなって下半身に視線を向ける。
今度はきちんと服を着ていた。
「おはよう…何してるの…」
さっきまでの…夢?…を思い出し、なんとなく嫌なな予感がする。
「夜這いしようかとおも」
カヲルの頬にはっきりと勲章が刻まれる。
「うそ、魘されてたよ」
つん、と額をつつかれた。
「なんか、変な夢見た…」
本当におかしな夢。
思い出そうとすると、またおかしなところの熱が上がりそうだったのでぶんぶんと首をふる。
どうにか振り払って目を開くとカヲルは笑っていた。
いつもの笑顔。
「おかえり、シンジ君」
いつものカヲル。
「………ただいま…」
カヲルは知っているのだろうか。
さっきまで、シンジが見ていた…夢?…を。
「カヲル君」
「なんだいシンジ君」
「重いよ」
「うん」
カヲルがシンジの上から退こうとする。
と。
「でも…やっぱりカヲル君がいいや」
シンジの上に跨っていたカヲルの右手がシンジの右手できゅっと握られた。
「シンジ君?」
そのまま引っ張られて、バランスを崩したカヲルがシンジの上に再び覆いかぶさる形になった。
シンジをつぶさないように。
「…珍しいね」
ちょっとその気になったカヲルが、シンジの顔を真正面から覗き込んでやろうとすると。
「か…る、くん…」
シンジはまた、あどけない顔をカヲルに見せて眠りの世界へと誘われていた。
「幸せそうだなあ」
ふふふ、と笑って、カヲルはシンジの横にゆっくり静かに移動する。
シンジを起こさないように、そのしっかりと握られた右手を離さないように。
次にシンジが目覚めたとき、
まだ眠っていたカヲルの右手がその胸の上でしっかりとシンジの右手をつなぎとめていた。
それは、もうどこにもいかないで、と言っているようだった。