高本君と羽島君。
福砂学園高等学校は全寮制という形で生徒の自立した生活を促している。
「105号室、高本東、羽島湊」
入寮式を済ませた羽島湊は部屋の前のプレートを見てなんだか感無量を覚えた。
念願の家族から独立した寮生活、まだ見ぬ友達とのキャンパスライフ。
全寮制という形で、積年の夢が今まさに叶うのだ。
「わ~・・・僕の名前、これ刻んであるんだ!」
金属製のプレートに頬を寄せていると後ろから肩を叩かれた。
「羽島・・・か?そこに立たれると俺が入れないんだけど」
肩を叩いたのは先ほど落ち合ったばかりの同室の男、高本東であった。
「あ、ごごごごごめんなさい!!!今すぐどきます!!」
根っからチキンの湊は慌てて高本に入り口を譲った。
「何で謝るんだ?あと、敬語はやめろ」
「ううう、ごめん!ついクセで・・・」
弱弱しく俯き高本が部屋に入るのを待っていると、両肩をつかまれてびくりと背を震わせる。
「謝るなって言ってるだろ、俺はそんなに怖いか?」
「え、う・・・こ、こわく、ない!」
「だったらもっとこう・・・堂々としていてくれないか・・・」
湊の身長が155しかないのに比べて高本はもうすぐ180に手が届く。
そんなことだから何も知らない者が傍から見れば湊が高本に脅されているみたいに見えるだろう。
高本は段々弱いものいじめをしているような気に陥ってきたので湊の肩を放してやり、部屋に入っていった。
「まあ・・・その内慣れるか・・・」
呟いた高本は入寮して一番初めのため息を吐いた。
その翌々日、あわただしくも福砂学園への入学の日が訪れる。
「羽島、もたもたしてると先に行くぞ」
いつまでの鏡の前でウンウン唸っている湊を高本はイライラを見せないように急かした。
ちょっとでもイラつきを見せると湊は身を萎縮させて暫く真っ当な反応を返さなくなってしまう。
「ごご、ごめん!ちょっと待って!」
それでも二人の関係は、三日目としてはまずまずのもの。
同室のよしみで一緒に行動しているもののとりたてて仲良く見えるほどには至らない。
そんなに人見知りする性格ではない湊だが、刷り込みみたいなものでなかなか歩み寄ることができないのだ。
「えっと、クラス違うんだっけ?」
湊が高本の少し後ろに着き、寮の玄関にむかって歩き始めると湊が尋ねた。
「俺はA組だ、羽島はCか」
福砂学園の寮の割り振りは結構謎が多い。
学科ごとに分かれているわけでもなく、クラスごとの分配でもない。
その筋の噂ではくじ引きで決められているとも言う。
「それにしても主席なんて、高本君すごいな」
湊は入学式のしおりを配られてからずっと、新入生代表の項を何度も見直し何度も高本を誉めていた。
「そんなにすごいことでもない・・・」
高本はふいと顔を反らした。
「でも、僕はどんなにがんばっても勉強できないし・・・サックスくらいしか」
「サックス?」
言いかけたところを高本が止め、湊は歩みを止めた。
「うん、僕吹奏楽部に入りたくてここに入学したんだよ」
福砂学園高校は系列の福砂学園大学が音楽系の学科を設立している。
そのため高校の吹奏楽部もちらほらコンクールに名を残す名門に挙げられることがあった。
嬉々として夢を語りはじめる湊に高本は苦々しげに口を開く。
「吹奏楽部、か・・・残念だが当代の吹奏楽部にはあまり期待しない方がいいぞ」
「期待しない方がいいって、なんで?」
「詳しいことは知らない。それより入学早々遅刻なんてヘマはやらかしたくないだろ、急ぐぞ」
余計な質問はされたくないと言わんばかりに高本は時計を見やり、湊を促す。
湊が周りをみやれば、確かに全生徒の半分は寮を既に出た後であった。
「なあ、羽島って吉田三中だろ?俺吉田五中なんだよ」
「そうなんだー!三中と五中って隣だよね!すごい偶然!」
席に着いて早速、湊は後ろの席の真琴と仲良くなった。
「だよな!地元のやつ居てホント良かったー!!」
福砂学園の生徒は全国津々浦々から集まっている。
進学・就職率共に良好で部活動でもそれなりの実績を挙げる、言わば人気高の一つなのだ。
男子校と言う点を除けば。
「羽島って女子の友達とか居ないの?」
「えー、居ないよ!友達になれそうな子居なかったし」
「おーい、静かにしろ、担任の先生のお出ましだぞー」
ざわめく教室に担任教師が現れ、ようやく落ち着きを取り戻す男子校の教室であった。
福砂学園の誇る大講堂にて粛々と執り行われる入学式。
上級生に見守られながら割り振られた席へ向かう新入生の面持ちは皆固い。
寮で見かけたことのある上級生も居れば全く知らない上級生も居る。
言うなれば入学式とは上級生への顔見せなのだ。
『新入生代表、高本東』
それまでほとんど聞き流していたアナウンスだったのに、高本の名を聞いた湊は思わず背をピンと張った。
はい、と言う返事の後、主席として壇上に昇る高本の姿。
堂々としていて自信に溢れていて、自分と同じ1年とは思えない出で立ちだった。
「やっぱり高本君はすごい・・・」
部屋に戻ったらもう怖がるのはやめよう、仲良くしようと心に誓い、湊は高本の姿を見守った。
終礼を済ませた湊が教室を出ようとすると、扉のすぐ傍で高本が待っていた。
「よう、羽島」
「高本、君・・・」
待っていてくれたの?と言う言葉は流石に恥ずかしくて出なかった。
だけど雰囲気的に一緒に帰りたいのだということは湊にもなんとなくわかる。
だから湊の姿を見るなり歩いていってしまった高本の後を湊は追った。
「高本君の挨拶、本当にすごかったね・・・」
「・・・うるさい、すごい以外に言えないのか!」
「あ、わわ、ごめん・・・!」
さっき仲良くしよう怖がるのはやめようとちかったばかりなのに、もう体が萎縮して言葉がでてこない。
何を言っても高本が怒ってしまうような気がして怖かった。
「いや、羽島・・・て、羽島!?」
高本が突然慌て出したのでその様に目を丸くした湊はそこではじめて気付いた。
「うぇっ・・・なに、これ・・・僕っ・・・うわぁん・・・」
「泣くなよ!悪かった、もう怒鳴らないから、な!」
ちょうど同じ時間に校舎を出た生徒が周りにいて恥ずかしいやらなにやらで余計に気持ちが高揚してしまう。
高本が謝ってくれているのに、なだめてくれているのに、涙はぬぐっても次から次へと溢れて止まらなかった。
「なあ、羽島・・・俺がそんなに怖いか?」
「ちがっ・・・僕っ・・・ごめ、なさい!」
湊は自分で泣き止むことが出来ず、高本もオロオロするばかりでどんどん他の生徒が集まってきてしまった。
「君達、どうしたんだ?」
そんな中、集まってきた生徒の輪をよりわけて一人の上級生生徒が声をかけてきた。
「すみません、俺がいけないんです」
高本は素直に頭を下げて今の事態に対して謝る。
「君がいけないって・・・君新入生代表だった高本君だっけ・・・?きちんと事情を話してよ」
「こら、見世物じゃないんだから皆帰って、ほら帰って」
その上級生のうしろからももう一人現れて交通整理をしてくれた。
「僕がっ・・・僕がいけないんですっ・・・」
「羽島、落着くまでいいから、な・・・」
高本はとにかく湊を落着かせるために少し下がらせ、もう一度上級生に言った。
「イライラしていた俺がこいつに少しきつい言い方をしてしまって、それで泣かせてしまいました」
「本当にそれだけ?羽島君だっけ、もう大丈夫?」
上級生は本当に心配してくれているようで、湊の方にも何度も視線を向ける。
「だいじょ・・・ぶ・・・です・・・」
ようやく湊は片言でも言葉を発することが出来るようになっていた。
「それならいいけど、もし何かあったら何でも相談に乗るよ。あ、俺は2年の結城でこっちは五十右」
上級生、結城はもう一人の上級生五十右と肩を寄せて名乗った。
「こいつ生徒会役員もやってるし寮の相談室長もやってるからな、役に立つぜ」
結城は少々頼りない風貌だが五十右は体育会系の爽やかさを備えている。
今度こそ湊は落ち着きを取り戻し、最後の涙を拭って頭をさげた。
「ありがとうございます・・・」
湊の様子を見た結城と五十右は顔を見合わせるとうんうん頷いて笑う。
「うん、大丈夫そうだね、それじゃ、また寮で会ったらよろしく」
「もう喧嘩すんなよ!」
そして大げさに手を振って去っていった。
「羽島・・・」
高本が湊にすまなさそうに声をかけてきたので湊はブンブン首を降る。
「高本君!」
「お、お?」
「突然泣いてごめん!もう大丈夫だから!またあとで部屋に戻ったらお話しようね!」
そして湊はブンブン手を降って走り出していた。
呆然と立ちすくむ高本は暫くしてはあとため息を吐き、やがてぷっと吹き出した。
「顔、真っ赤だったけど、笑ってたな・・・」
オーバーなアクションが湊なりの照れ隠しなんだと気付いた高本はようやく歩み出すことができた。
「ごめんなさい高本君・・・!」
「謝るのはいいからコップ片付けろ!ほらシミになるだろうが!!」
「はいい!すぐに片付けます!!」
「敬語使うな!!ほらシャツにまでこぼれてる!!早く着替えて来い!!」
それから、謝り怒鳴られがすっかり日常になってしまった二人のどつき漫才と高本のため息回数トトが寮の名物になる日はそう遠くはなかった。