シュトラウスの子供達 さいしょの話「ラデツキー」
四月から五月への移り変わり、新入生にとっては体験入部の季節。
1年生の羽島湊もかねてから希望していた吹奏楽部への体験入部に挑むところであった。
が、しかし・・・
「まこちょん、吹奏楽部の体験入部一緒に行こうよ」
極度の小心者である湊は一人で行くのすら怖くて級友の福留真琴に同伴を頼み込んでいた。
「えー、俺帰宅部希望なんだけど・・・」
「お願い!入部はしなくていいから!僕一人じゃ不安なんだものー!」
「しかたないなあ、行ってやるよ・・・」
深々と頭をさげて頼み込んでくる湊に、真琴もとうとう折れる。
湊はいつもは非常に遠慮深いのに変なところでしつこい(?)のだ。
「ありがとう!まこちょんは心の友だー」
さっきまでとはうってかわってルンルンな湊にひっぱられ、真琴はただただ苦笑するばかりだった。
学園の西館、通称生活館のにある吹奏学部の部室は土足厳禁。
湊と真琴はローファーを脱いで下駄箱に並べて生活館にあがると、部室の前には既に先客が居た。
「あ、れ・・・高本君だ、どうしたんだろ」
「なんだよ、高本って部活やらないとか言っていたんじゃないっけ?」
「わかんない・・・きちんと聞いたことないし・・・」
高本は湊とは学園寮が同室なのだが、同時に苦手な存在でもある。
一月近く私生活を共にしながらも(主に湊が高本の)学校生活に踏み込むことはあまりなかった。
「よう、羽島と・・・」
湊と真琴の姿に気づいた高本が振り返り、声をかけてくる。
「福留だっつーの!」
いつも湊と一緒にいるのになかなか名前を覚えてもらっていない真琴は鋭くつっこんだ。
「そうだ、福留か。お前達入部するのか?」
「いや、俺はみなぽんの・・・付き添い?」
真琴は自分の後ろに隠れていた湊に尋ねる。
「あは・・・あはは・・・付き添い・・・だね・・・」
思いっきりの作り笑いを浮かべて港は答えた。
「そうか、付き添い・・・な・・・」
自分が湊に苦手に思われていることを重々認識している高本ははあとため息を吐いた。
と。
「君達は体験入部?」
部室から顔を出したのは顧問と思しき老齢の教師。
「あ、はい、約一名ってか俺は付き添いなんですけどね」
一番に返したのはほかならぬ付き添いの真琴。
続いて高本がはいと返事をする。
「困ったなあ・・・今日は部員あんまりいないんだけど・・・一応見てく?」
「先輩の部員がいないんですか?」
高本が尋ねると教師はちょいちょいと手招きし、3人は部室入り口へ向かう。
「この有様」
てへ、と笑った教師に促されて中をのぞけば・・・。
「ちょ、霧谷、それ反則!」
「正当な手段だよ。三角はC打ちしすぎ」
部員と思しき二人がオセロを打っていた。
「一応紹介するけど、私が顧問の佐藤です。それと退廃的な空気をかもし出してる二人が三角部長さんとメガネマニアの霧谷副部長さんです」
「は、はあ・・・」
高本も、湊も、メガネマニアってなんだろうと思いつつも質問は避けた。
「あの・・・他の部員は?」
部室を見回した高本が念のため尋ねると佐藤はうーんと首をかしげて時計を見た。
「2年生二人がもうすぐ来るはずなんだけど・・・彼らは生徒会もやってるからちょっと遅れてくるかな」
「え、あの・・・それじゃあ4人しか居ないんですか!?」
今までずっと高本と真琴の後ろに居た湊が佐藤に取りすがった。
「う、うん・・・一昨年、あの子達が1年の時まではマンモス部だったんだけど・・・」
佐藤はオセロを続ける三角と霧谷に少し視線を向けて言いよどむ。
「込み入ったこと聞きますが、部員が不祥事を起こしたのは本当だったんですか?」
高本は佐藤に掴みかかる勢いの湊を制しながら尋ねる。
「不祥事・・・そうか、部外者から見ればそうなっちゃうんだよねえ・・・
でも、それで一時活動停止に追い込まれたのは本当だから、仕方が無いことなんだけどね」
佐藤はそれ以上事情を話す気は無さそうであった。
「あ、すみません入部希望者ですか?」
それまでオセロを続けていた二人のうち副部長の方、霧谷が振り向いた。
「うん、良かったらストックの楽器とか触らせてあげて。えーと、三人?二人?は経験者だよね?」
佐藤に尋ねられた高本と湊はうんうんとうなずき、真琴は首を振る。
「あ、俺ただの付き添いなんで、帰りますねー」
「え、まこちょ・・・えーー!!」
言うが早いか真琴は湊につかまる前にさっさと帰ってしまった。
「あらら、逃げ足のはや・・・いや、じゃああとの二人は部室入って入って」
残念そうな佐藤に強く促されて高本と湊はひとまず部室に足を踏み入れた。
部長、副部長も二人に歩み寄ってくる。
「こんにちは、僕は副部長の霧谷です。フルート担当だからよろしくね」
「俺、部長の三角でトロンボーン。つっても俺初心者同然だから気楽にしてくれていいよ」
改めて自己紹介をする二人に高本と羽島は頭をさげる。
「高本です。トランペットを吹いています」
続けて高本が自己紹介をする。
「羽島、湊です・・・サックスを吹いています・・・あ、あの・・・」
湊はとても言いづらそうに佐藤、三角、そして霧谷を見回す。
「羽島君、どうしたの?」
霧谷がそれを拾った。
「僕・・・大会目指したい、んですが・・・」
「今のメンバーでは、大会出場どころかまともな演奏はできないですよね・・・?」
そのまま言葉が出てこなくなってしまった湊を高本がフォローする。
今ここに居ない2年生を含めた6人では、楽器編成の問題で演奏曲が非常に限られてくるのだ。
「君達には申し訳ないけど、今のところ僕達が公の大会とかに出場する予定はないんだ」
霧谷は反論の余地も与えないくらいにこやかにはっきり答えた。
「そんな・・・」
「でも今年から夏合宿とか文化祭演奏とか再会する予定だし、君らのやる気しだいでアンコンとか出てもいいと思うよ」
「そうそう、大会以外の演奏なら副顧問の花宮先生がフォローにまわってくれるからプチコンサートを開いてもいいし」
地の底まで落ち込みそうな羽島を元気付けるように三角が提案し、更に佐藤も続けた。
「へえ、三角も先生も意外とやる気あるんですね。まあ僕はそこそこにやらせてもらいますよ」
霧谷はくすくす笑い、まだ話も終わっていないのに広げたままだったオセロ盤を片付けに戻ってしまった。
「・・・とっつきにくい人ですね」
思わず高本は呟く。
「まあ霧谷のことは気にすんな。あいつはやる気ないけど俺と違って深山中出身の実力者だから」
「深山中!深山中ってS県の深山中ですか!」
湊はキラキラと目を輝かせた。
吹奏楽で深山中と言えばコンクール中学校の部優勝常連校、全国屈指の名門の一つなのだ。
「そ、そして俺と霧谷はでこぼこコンビなのよ!」
そう言うと三角は突然湊の頭をぐしゃぐしゃなでて霧谷の元へと行ってしまった。
「コンビだから、いつも一緒に居るんだよね」
佐藤が困った顔をしてため息をついた。
「ちーっす。遅くなってすみません」
「おはうございます!佐藤先生遅れてすみません!」
と、元気の良い、それでいてさわやかな空気を纏った2年生二人組が部室に入ってきた。
「あああああああ!!」
その姿を認め、高本と湊が声をあげたのはほぼ同時だった。
「あ、君らいつかの1年生じゃない」
「なになに、君達吹奏楽希望だったんだ?すごい偶然だね」
「わ、わ、結城先輩と、五十右先輩、ですか!」
高本と湊、2年生二人組の結城と五十右は顔見知り、というより高本と湊が入学式の当日に喧嘩(?)しているのを仲裁してもらった仲だったのだ。
「嬉しいな、ちゃんと名前覚えていてくれたんだね」
湊に名前を呼ばれた結城はまるで弟をほめるかのように嬉しそうに湊の頭を撫でた。
「い、いえいえ!その説はとってもお世話に、なりました!」
湊と結城の周りにはお花が舞っていた・・・。
「そういえば、高本君だっけ、あのあとは羽島君ときちんと仲直りできたの?」
なんとなく話にあぶれて居所なさそうにしていた高本を気遣った五十右は、よりによってあまり触れられたくない話題を振ってきた。
「せ、先輩、その話はあまり深くは・・・」
湊と一番はじめにした喧嘩(?)を思い出した高本は胃がキリキリ痛むような感覚を覚える。
ちなみに同じ心境かと思えた湊は何かの波長を感じ取ったのか結城と二人キャッキャしていた。
「おや、君達知り合いだったんだ」
オセロ盤を片付け終えた霧谷がおもしろいものをみつけたかのように話に舞い戻ってきた。
「あ、副部長、入学式の時にちょっと話しただけっすよ。それより部活終わったらオセロ対局してくださいよー!昨日携帯アプリ落として練習したんっすよ!」
高本の様子を察していた五十右はさりげなく話をそらした。
「ふーん、五十右君も懲りないね。アプリの付け焼刃で僕に勝てると思っているのかな」
霧谷の興味が逸れてほっとした高本だったけど、なんとなく霧谷にチラ見された気がしたのは、きっとただの被害妄想だろう。
「はいはい、いいからいいから、練習はじめなさいよ練習」
それまで完全に空気と化していた佐藤がやっと空気から人へ復帰し、部活動がはじまった。
「羽島君サックスなんだ、俺クラリネットだから、木管同士仲良くしよう」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「あれ、僕もフルートで木管なんだけど羽島君は僕とは仲良くしてくれないの?」
結城と湊が話しているところへ突然霧谷が割って入ってきた。
「副部長さんは深山中なんですよね!僕深山の演奏大好きだったんです!尊敬してます!」
「本当?羽島君て良い子だね。フルートの吹き方教えてあげようか?」
二人の先輩に囲まれて、湊の目はキラキラマックス。
高本はそんな湊の様子がが羨ましかったけど三角と五十右の質問攻めと佐藤への質問でとてもじゃないが湊に構いに行く暇はなさそうだった。
「結城君、この曲部員数分コピーとってきて」
ふと、霧谷は原譜の入ったクリアファイルを結城に手渡した。
「え、これラデツキー行進曲じゃないですか、演奏できるんですか?」
「無理だと思うけど、譜読みも練習になるよね。部活の時間なくなるよ?早く行ってきて」
「うう、わかりました・・・」
ラデツキー行進曲はさ●ま御殿のOPとかに使われている勢いのある曲だから少人数、ましてや各編成一人ずつというこの部活では演奏できる曲ではない。
それでも霧谷の雰囲気は有無を言わさない様子。
もう少し羽島とのおしゃべりに興じて居たかった結城だったが霧谷は怒らせると怖いのを良く知っている。
あきらめて席を立つことにした。
「羽島君、結城君は吹奏楽の他に園芸部と生徒会や寮長補佐を兼任していてね、この部活のパシ・・・ホープだから、部の重要な仕事は彼に任せてあげてね」
結城の背中を楽しげに見送った霧谷は湊にこれまたにこやかに言う。
「そうなんですか・・・あはは・・・結城先輩ってなんでもできる方なんですね」
パシ、と確かに聞こえた湊は霧谷にちょっとした恐怖心を覚えるも、つっこんじゃいけない空気を感じ取って必死に笑い返した。
「うん。なんでもできるけどすごい器用貧乏なんだよね」
自前のフルートを取り出して組み立て始める霧谷の手つきはとても優雅で雑用なんてしたことなさそうな綺麗な指先をしていた。
「羽島君はもっと気楽に構えていて良いからね」
わけもわからず霧谷に頭を撫でられた湊は、早速部活の影の支配者の存在を知ることとなった。
「羽島・・・お前ってすごいやつだな」
部活が終わったあと、湊と一緒に帰ることになった高本はひっそり呟く。
「え、な、なにが・・・?」
「まあ、深く考えなくて良い」
霧谷や結城と話している湊から発せられたオーラに一歩も近づけなかった高本は、そんなことを本人にいえるわけもなく、ただため息を吐くより他なかった。