午後三時、中央司令部、休憩時間の始まりと共にマスタング少将の副官は電話を受け取った。
小姑現れ、マスタング四苦八苦する
今日から1週間、中央司令部内では通信設備の一斉点検が始まる。
フュリーは以前に起こったテロ事件で機械系等に強いと言う評判が一挙に広がった。
そのために幸か不幸かこの仕事の責任者を本来の責任者から任されてしまったのだ。
通常業務に加えてこの特別業務で全館を回らなければならないため、
フュリーは点検器具の準備や点検作業の確認、各仕官への事前連絡のためにこの2~3日はほとんど寝ていない。
それでも付き従った上司の名に傷を付けたくないフュリーは降って沸いた仕事を片手間に片付けることができなか
った。
意を決してノックをすると微かに動揺した声で「どうぞ!」と声が聞こえる。
「休憩中に失礼します、フュリーです。通信設備の点検に来ましたー」
フュリーが部屋に入ると部屋の主、エドは電話を切るところであった。
「へー、今日この部屋の点検なの?」
どこか上の空なエドを他所に、フュリーはよいしょっと大きな鞄を床に下ろした。
「ブリュノ准尉から聞いてませんか?東棟の一番端のこの部屋から順繰りに回らせてもらってるんですよ」
「ああ、そういえば准尉がそんなこと言ってたかも。三日くらい前から休み無く準備してたんだって?」
「1週間で司令部全部回らなきゃいけないんで」
苦笑いのフュリーは鞄の中からエドが見たことの無いような謎の機器を取り出すと応接テーブルの上に広げる。
「電話の音が遠いとか、聞きづらいとかあります?」
「特にないなー。あ、でも外からの電話が時々聞こえなくなったりするかも」
電話を分解しはじめたフュリーを他所にエドは窓の外に視線を向けていた。
「はい、大丈夫です。異常はないですよ!」
「サンキュー、曹長。もうすぐ総務会あるから気抜けないけどがんばってな」
チェック表に「問題なし」と書き込んでいると横から声をかけられた。
そういえばもうすぐそんな時期だなぁとフュリーは考えを巡らす。
「僕は今回もあまり関係なさそうですけどね・・・じゃあ、失礼しましたー」
苦笑して部屋を出て行った。
「あんだけ活躍してるのに何で曹長って出世しないのかなー・・・?」
エドの怪訝な呟きは耳には入らず。
「盗聴器の設置、成功してしまった・・・」
フュリーは高鳴る胸を押さえて一人呟いた。
もちろん回りに誰も居ないのは確認済みである。
「少佐には悪いけど・・・今度こそ聞かせてもらいますよ!」
司令部一温和と評判なフュリーの目がキラリ爛々と光った。
ファルマンやブリュノに聞いてもわからない。
ハボックやブレダ、ロイに至っては恐れ多くて聞けやしない。
だったら自分で聞くしかないじゃないか!
それでもフュリーは正当な方法を取ることができなかった。
本人の知らぬところで本人の秘密を盗み聞きする、得意分野である盗聴の醍醐味を味わいたいのだ。
「さあって、仕事仕事♪」
その日、司令部で楽しそうにスキップしながら点検業務をこなしていくフュリーを何人もの士官達が目撃していた
と言う。
フュリーが居なくなったのを確認して、もう一度受話器を手に取る。
一回か二回の呼び出し音の後にすぐさま響く声。
『エドワード!一体どうしたというのだ!』
「ご、ごめんなさい!今フュリー曹長が来ててさ・・・」
エドは秘密の電話相手に束の間の休息を得ていた。
直通電話が鳴り、ロイはすぐさま電話を取る。
ヒューズ中佐からです、取り次ぎますか?と。
「取り次いでくれ」
少し悩んでからそう伝え、すぐに切り替わる。
『よう、ロイ!元気してるか?愛しのエディとはラブラブか?』
「ヒューズ・・・」
取るんじゃなかった・・・ロイは頭を抱えて心底後悔した。
『なぁんだよー、もしかしてうまくいってねーの?』
「そう言うわけじゃないが・・・お前北部に出張中じゃないのか?」
ここ二、三日ほど、ヒューズが北部に出張に行っていたため、顔を見ていなかった。
『一段落ついたから時間があまったし、お前も休憩中だと思ったんだ!で、どうなんだ??』
ヒューズにはエドとのことは前々から話してあった。
だからヒューズが自分達の仲を心配するのは当然の流れなのだが、
落ち込んでいる時はあまりこの男とは話をしたくない。
「最近・・・エドが休憩の時に遊びに来てくれないんだ・・・」
それでも、ため息と共にぽつり。
『遊びにって・・・お前ら神聖なる仕事場をなんだと思ってんだよ・・・』
心底呆れてる声、電話口にも解る。
「仕事場と言うからに仕事をする所だろう。
だが唯一の仕事をしなくても良い時間にエドの笑顔が見れないなんて・・・」
じゅ、重症だ。
親友と思っている男のただならぬ声色にヒューズはすぐさま診断を下した。
『見たいならお前があいつんところに行きゃあいいだろ!』
「でも私が行くと「来るなー!邪魔だー!」って邪険にするんだ・・・うっ、ひっく」
『こら泣くな!きもいぞロイ!』
そんな本当のことを言わなくても・・・
『もうもどかしいやつらだな!一緒に暮らしちまえよ!両思いなんだろ?婚約したんだろ?』
「今は余計なことを勘繰られたくないから、ばらしたら婚約破棄だと、自分は弟と暮らすんだと・・・」
受話器と電話機を繋ぐ紐を指でいじりながらロイは事情を説明する。
『な、なんだってぇ??エドのやつも強情だなぁ。司令部じゃ端にも見せやしねえし』
「だろう?こちらとしても打つ手が無いよ・・・しかも最近はブリュノの監視が厳しくて・・・」
『ああー・・・そう言えばそんなやつも居たなぁ』
電話の向こうで他人事のように呟くヒューズを他所にロイはまたため息を吐いた。
ほんの一週間程前に突然現れ、エドとロイの仲をかき回したかと思えばいつのまにか大総統命令でエドの補佐官に
着いていた。
もちろんエドも少佐なのだからロイの副官としての仕事以外にも自分の仕事がある。
補佐が必要と言えば必要なのだが・・・
「補佐官に据えるならハボックやブレダみたいな古株が居る。大総統の思惑が全く見えない・・・」
『そりゃおめー・・・』
言いかけてヒューズは言葉を止めた。
今、この男に「あの噂」を話してもいいものか・・・
『単純にブリュノってやつがいらなくなっただけだろ?あそこは敷居が高いからな』
「だがな、ヒューズ・・・」
ロイはまたため息を吐く。
ヒューズがロイのため息を正の字で数えようかな?とか思っていると。
「あのブリュノとか言うの、意外とやるんだ・・・」
『やるって・・・何を?』
「仕事をだ」
そりゃお前に比べたら誰だって仕事するだろう、とは思ってもヒューズは口にしない。
「エドが動く前にブリュノが動く。エドや私が何か命令すれば確実にこなす。
私がエドを守れと命令しているから常にエドの傍を離れない」
『へぇー・・・そりゃ、また・・・』
心酔しきってるんだなー。
「しかし・・・離れない具合が尋常じゃない」
ロイがエドと一緒に居る時以外は絶対にエドを一人にしない。
トイレや退勤時は別として、司令部内では必ずブリュノがエドの傍に居る。
近頃エドの信望者が大人しくなったと思ったが、どうもブリュノが影で睨みを効かしているようだし、
司令部内でエドのファンクラブなるものを取り仕切ってさえ居ると言う噂も聞いた。
『完璧だな・・・』
「お前もそう思うか!一補佐官としての仕事以上に彼は働くんだ・・・!
それこそ、ブリュノの存在意義を疑ってしまうくらいに・・・!」
『なあロイ、お前がそこまで言うなら、取っておきの情報を教えてやるよ』
ヒューズは意を決した。
大総統府内でひっそり囁かれる話。
ロイはヒューズの話をずっと黙って聞いていた。
しかし最後まで言い終えると。
「・・・ふ、ざ、け、る、な・・・」
あちゃー・・・逝っちまったかな?
ヒューズは電話ボックスの中、背中に焔を燃え滾らせる親友が目に浮かんだ。
『いやっでもほら、真偽の程は定かじゃないっつーかな。単なる噂って見方もあるしな・・・』
あんまり暴走されても困るし、と努めてかるーくフォローしておいたが。
「問題は噂か否かではない!内容だ!!!」
ガチャンッ
電話を叩ききった。
そこへちょうど、ねらったかのように呼び付けの内線が入り、ロイはズカズカと廊下を歩き、大総統府に向かう。
すれ違った下士官達は表情を凍らせ、上官達もまた声を掛けることすら躊躇った。
ロイの目が、表情が、態度が、どこか遠くへ逝っていたのだ。
「閣下!!!!!!!!!」
バターンと大きな音を立て、扉が開く。
「おや、マスタング君じゃないか」
目を点にして大総統、キング・ブラッドレイは机から顔を上げた。
「さっき呼んだばかりだと言う・・・」
「閣下がエドワード・エルリック少佐を養女として召し取られようという噂は本当なのですか!」
ブラッドレイが言い終わるのも待たず、ロイは大総統机に両手を叩きつけて迫り、その衝撃で何枚かの書類がぱさ
りと床に落ちた。
傍に居た護衛官達が慌ててロイを押さえつけようとするのをブラッドレイは少しも慌てず制止した。
「仕方ないだろう。私にはもう妻が居るしなぁ。後見人の君への話が遅れたのは申し訳ないが」
今にも殴りかからんとする剣幕、態度のロイに対して飄々とした態度のブラッドレイ。
「そう言う問題じゃありません!私が聞きたいのは何故話がそこに至ったかです!」
ロイが食って掛かろうとするのをひょい、と避けた。
かと思えば、「あー、君達、少し席を離したまえ。身内の話だ」と人払いをする。
ぱたり、静かな音と共に今強引に開かれた扉を閉じると、ブラッドレイはコホンと咳払い一つ。
「君は、エドワード・エルリックが人体錬成を成したことを知っているな?」
途端に鋭くなる、眼光。
それまで凄んでいた側だったロイはしかしその眼光を受け止めるので精一杯だった。
「無言か。肯定と取らせてもらおう・・・私は彼、今は彼女か、の話を聞き彼女に取引を持ちかけたのだよ」
ブラッドレイは再びロイから視線を外した。
「取引、とは?」
「簡単だよ。私が全てに目を瞑る代わりに私の養女になりなさい、と。
セリム、私の息子も彼女のことは気に入っているようだし、彼女が私の元に来てくれれば万々歳だ」
手に入れられるものは手の内に。
やり方は多少違うが、考えはロイと同じだ。
「それで・・・エドワード・エルリックは何と答えたのですか?」
一番聞きたいこと。
「ううむ、条件をクリアしたら受け入れてくれるそうだ」
「条件を!?」
ロイは目を丸くした。
そこでブラッドレイは初めて床に落ちた書類を取り上げてロイに手渡した。
「よく目を通したまえ」
「・・・これは、見合い写真?」
聞いたことある名前と見たことのある顔ぶれの男達の肩書きはまだまだ昇り盛りの佐尉官ばかりだが、よくよく目
を通してみればどこぞの将官や資産家の子息ばかりだ。
「どこで噂を聞きつけたのか、まだ正式に決まってもいないのに「養女殿に是非に」と送ってきおった」
いったいあの娘の年をいくつだと思っておるのかねえとブラッドレイは窓の外に視線を向ける。
「これと条件とは・・・どんな関係が・・・?」
訝しげなロイの表情にブラッドレイの隻眼が半月方にゆがむ。
「週1で後見人のマスタング君と勝負を行って一勝した者を婚約者と認めてほしい、と言うことだ」
エドが何を考えてブラッドレイにそんなことを提案したのか、ロイにはすぐに理解できなかった。
「あの・・・勝負とは・・・」
執務室に訪れる間。
「なあに、人数は多くとも甘い汁吸いの小童ばかり。君が全勝すれば誰の文句もうけずにエド君と付き合えるのは
君なんだからいいじゃないか」
いや、魔か。
「うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ロイの悲痛な叫びがセントラルの空に響き、オセロをしていたエドの耳にも届く。
「び、びっくりしました・・・今のマスタング少将の悲鳴・・・ですよね?」
「おー、やっぱり悲鳴あげたなあ」
「やっぱりって、どう言うことですか?少佐」
一人わかった顔で面白そうに呟いたエドにブリュノが尋ねた。
「んー?これから毎週、面白いものが見れるってことだよ、ブリュノ准尉」
オセロ盤の角にオセロ石を置き、ブリュノの築いた黒い辺をひっくりかえしていく。
「はあ、面白いこと、ですか」
ブリュノはまた何か自分には考えも及ばないこと考えてるんだろうなと思いながらオセロを打ち返した。
しかし今打ったその手が自らの過ちに気づいてギクリと震える。
「あ」
「お、間違えたの気づいた?」
エドが残った隅二つに連続で石を置き、序盤まで真っ黒だった盤面はほとんど真っ白に塗り替えられた。
「うう、少佐お強いですね」
「そうか?准尉も結構強いと思うけどなあ」
「今の司令部では誰もあなたに敵う人は居ないと思いますけどね」
執務机に向かうエドの背を見つめ、ブリュノはオセロ盤を片付けつつひっそり呟いた。
その頃、エドの秘密電話を盗聴したフリューは一人大童になっていた。